雑記 ニーチェとウィトゲンシュタイン

 

ハイデガー『思惟とは何の謂いか』

「もっとも静かなもっとも内気な人間のひとりであったニーチェは、叫ばざるをえないという苦悩を耐え抜いた。」

 

ローティ「カヴェルと懐疑論

「オースティンやライルとは違って、彼(ウィトゲンシュタイン)は観念の理論を捨て去らせてくれるだけではない。彼は、われわれの行う認識論の授業や、われわれの学科や、われわれの生活形式の持つ道徳的価値(moral value)という問題をも立てるのだ。われわれ哲学教授たちは、今世紀のもっとも偉大な著作家のひとりがわれわれの間に入って来て、われわれの習慣についてわれわれ自身は決して書かなかったであろう記述を残していってくれたという点で、幸運なのである。ウィトゲンシュタインは、彼がこうした努力の過程で保たなければならなかったつき合いに悩まされ、常にそれについて不平を言っていた。しかし彼はそれに耐え抜き、そして多くの注釈者たちの断固たる努力にもかかわらず「哲学的理論」や「哲学的問題の解決」を与えるものと解釈することができないような著作を生み出したのである。」